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1755年(宝暦5年)現在の村山市楯岡に貧しい農家の長男として生まれ、家業を手伝い、たばこの行商などをしつつ独学で学ぶ。27歳で江戸に上り算術などを収め、幕府巡見隊の一員として蝦夷地に赴き、初めて北方の近代地図を作り、間宮林蔵にも影響を与えた。シーボルトとも友人関係にあり、二人の共著「アイヌ語辞典」を編纂するなど国際交流も深めた。
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