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尾花沢すいか

尾花沢すいか

尾花沢すいかを毎年夏に必ず食べる、という方も。
寒い東北地方で、すいか?日本有数の豪雪地で、すいかが取れるの?と思った方も、必見、必食。
夏すいか生産量日本一。みずみずしい甘さと、シャキッとした歯ざわりが特徴の尾花沢すいか。

尾花沢すいかの歴史

尾花沢ですいかの生産が始まった時期は、はっきりとはわかっていない。さかのぼると昭和初期、自家用に作った残りを旧暦のお盆用に売っていたものが、出荷されるようになったのだという。昭和3年頃には、尾花沢地内の農家60~70戸が尾花沢スイカ組合をつくり、仙台や東京方面へ出荷した記録が残っている。

戦後、昭和28年頃から福原地区で出荷が始まり、市場デビューを果たした。しかし、品質がなかなか安定しない。そんな中、昭和32年、当時の福原農協が、山形から接木苗(夕顔の苗の下半分にすいかの苗の上半分を接いだ苗)10本を取り寄せ、荻袋開拓地区の農家で収穫に成功したのが、発展のきっかけとなった。昭和35年以降は、「売るためのすいか」を目指して、荻袋開拓、西野々、芦沢、二藤袋の各地区で次々に生産組合が結成されていった。

昭和40年代に入ると、接木苗による栽培技術が定着し、作付面積、収穫量が増加していく。これに、米の生産調整(減反政策)実施が拍車をかけた。米に替わる作物として、天候不順などによる病害に悩まされることがないよう、また、品質を低下させることがないよう、「売れるすいか」を目指して、栽培技術の研究や品種改良が行われた。昭和50年代には豪雪や冷害が相次ぎ、農作物が大きな被害を受けたが、技術の普及や品質管理を徹底し、統一銘柄「花笠すいか」(当時)の市場評価を高めていった。

生産量のピークを迎えたのは、昭和60年代から平成初期の頃。農業の担い手が減少していく中、徹底した品質管理と、市場への安定供給に努めた。平成4年にはベストアグリ賞(県知事賞)を受賞。尾花沢のすいかが、自他共に一級品として認められたことの証だった。

現在、銘柄は「尾花沢すいか」となり、7月中旬から8月中旬まで収穫され、日本全国に出荷されている。尾花沢すいかのおいしさの鍵を握るのは、夏は昼夜の寒暖の差が大きいという気候。これがすいかの原産地アフリカと似ているため、甘くシャリシャリ感のあるすいかができる。最近では、抑制栽培の秋出しすいかの生産も行われ、夏すいかに劣らない味を楽しめるようになっている。

尾花沢すいかの華麗な変身

尾花沢すいかを加工して、多彩な商品が創作、販売されている。

すいかアイスクリーム
すいかアイスクリーム
すいかの漬物
すいかの漬物(未熟すいかを利用)
なすの代わりにすいかを使った
「ぺそら漬」
すいかの石鹸
すいかの石鹸
すいか糖
すいか糖
すいか酒
すいか酒
すいかワイン
すいかワイン

ジャンボスイカコンテスト

重量100㎏を超えることもある、ジャンボスイカ。残念ながら食べてもあまりおいしくはないが、見た目のインパクトは想像以上。このジャンボスイカの大きさを競う大会が、毎年「おばなざわ花笠まつり」期間中(8月27日、28日)に開催されている。
毎年4月頃に出品者を募り、参加者には苗と栽培手引きを配布しているので(参加費が必要)、一度チャレンジしてみては?

ジャンボスイカジャンボスイカ

お問い合せ 尾花沢市役所農林課 TEL 0237-22-1111(代表)

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